このページは近未来のフィクションです。実在の団体名等が出てきますが、無関係です。

分母削減計画

恒保14年

 赤坂のとある高級料亭、その中でも最高級の奥の間で、農水省、法務省、厚労省の三大臣がある極秘会談を進めていた。

「この食糧自給の問題*、先の分子倍増計画で、休耕田の作付再開と、畜産業の規制、中長期視点での高収量品種の開発、並びにそれに対する補助金の交付で、一応の決着を見たわけだが、農水省としては、それだけでこの9000万の国民全員を養って行けるとは思わん。しかし、分子倍増計画はもう限界だ。これ以上生産量を増やそうとすれば、今度は第二次、第三次産業の労働者を奪うことになって、国力の低下は避けられんだろう。そこで、今度は分母削減計画を考えておる。つまり、一人頭の食糧供給量を増やすには、生産量を増やす他に、消費者を減らすという方法があるということだ。だが、これは極秘事項だ。下手をすれば、人権団体なんかがとやかくうるさいからな。これが、農水省でまとめた、計画の概要だ。これらについて、二人に、ぜひ協力してほしい。他にも案があったら、何でも言ってくれ。」

そういうと、農水大臣、大河内政孝は、一枚の紙をテーブルの中央に置いた。若手の法務大臣、岸忠明の表情が曇った。

「これは。私に判子をつき続けろとおっしゃるのですか」

「頼む。岸君。死刑囚を何十年も生かしておくほどの余裕はもうないんだ」

「しかし、21人同日刑執行*というのは、いささかやり過ぎでは・・・ 第一、死刑囚の人口に占める割合なんて、微々たるものです」

「それも、この2項目めの補完だ」

というと、大河内は「死刑囚全員の刑執行」の次の欄を指差した。今まで冷酷な決断を幾度となく下してきたベテランの厚労大臣、岡部恭平も、さすがに険しい表情になった。

「つまり、これは全身義体化の必要がない患者にも全身義体化するように仕向けるということか」

「平たく言えばそうなる。少なくとも、この項目の意図はそこだ」

「だが、死刑囚の件といい、義体の件といい、ちょっと対象の人数が少なすぎやしませんか」

「いや、死刑囚に比べれば、身体障害者の数は格段に多い。全人口の3%弱だ。このうち仮に四肢の障害が3分の1程度だとしても、90万人が該当する」

2項目めは、全身義体化に対しては手術費用のほぼ全額にあたる補助金を交付するが、一部義体化の補助金は少額のまま据え置くというものだった。

「これは死刑囚の件と違って、新しい法律が必要だ。幸い、今は衆参ともに与党単独過半数だ。条文自体は、全身義体化に対する補助金を手厚くするだけの内容だから、法案の成立はそう難しくないだろう。だが、今年の秋には総選挙がある。今この法案を通さなければ、この計画は終わりだ。国民を飢え死にさせないためにも、頼む」

大河内の提案は、二人にとってかなり衝撃的なものだった。だが、国内の農地は、先の分子倍増計画で隙間なく作付が行われており、畜産農家のほとんどは、大豆栽培に転換した。それでも自給率が100%を超えないのだから、この国難に立ち向かうには、分子倍増計画だけでは足りないのは、火を見るより明らかだった。初めは渋っていた二人だったが、とうとう大河内の意志の固さに折れた。二人は、彼が鬼ではないことくらい知っていた。その彼をしてかくも残忍な計画に走らせる今の厳しい国情は、同じ現職大臣である二人にも、よくわかっていた。

2012/10/08

この食糧自給の問題:世界的な食糧難の中、恒保8年にアメリ力農務省が農畜産物の輸出規制をかけたことで、日本の食糧事情が危うくなっている。

21人同日刑執行:「前代未聞」といわれた、19961220日の東京拘置所3人同日死刑執行を、全国7刑場で行うということ。

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