このページは近未来のフィクションです。実在の団体名等が出てきますが、無関係です。

社会的死亡

恒保2年

 いよいよ、というべきか、とうとう、というべきか、義体化手術当日を迎えた。私は車いすで義体科奥にある部屋に連れて行かれ、そこでCord08の現物を見た。鮮やかな緑で全身を塗られたロボットが、関節構造を露わにして立っている。実際に自分の体になると考えると、その異様さが目について仕方がない。これが全ての憂鬱の根源であると、改めて思った。

 「当面、三岡さんにはこの義体を使用していただきます。すみませんが、よろしいですね」

下府さんは、そう私に念を押すと、一枚の紙を手渡した。

「ここにサインをお願いします」

なるほど、こんな非人道的な義体化手術ですが、本人の了解も得ています、と証明するためのものらしい。私は濃い筆圧でぐりぐりとサインをすると、下府さんにその紙を手荒に返した。私自身も気づかない私の心が、苛立っているのだろうか。自分でも気づかない心の動きもまた、人間らしい思考の証拠でもあるのだが。

「では、手術を行います。こちらへどうぞ。」

下府さんは、いやに落ち着き払って、私を手術室に招いた。この瞬間がやってきた。私は息を飲んだ。そして下府さんに促されるまま、私の乗った車いすは、手術室に入った。

 手術室は、思いのほか普通のものと大差なかった。手術台の周りには、メスや手袋、麻酔の類、その側には大きな人工心肺装置が鎮座していた。義体科の手術室といったら、もっと、機械があちこちでちかちかしていて、いかにも無機質な金属の内装、といったイメージを持っていたが。

「ここは人の体を手術する部屋ですから、普通の手術室と変わりませんよ」

どうやら今の私の思考は下府さんに見透かされていたようだ。私は観念した。

 その後、私は助手の人達に担ぎ上げられて手術台の上に乗せられた。そして麻酔が私の意識を徐々に奪っていった。

 

それからどれだけ時間が経っただろう。私は意識を取り戻した。案の定眼下にはロボットが座っていた。そしてそこからは極彩色のビニル被覆が奇体な趣きで側を彩っているコードの束が下がっていた。

2012/11/10

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