このページは近未来のフィクションです。実在の団体名等が出てきますが、無関係です。

社会的自殺

恒保2年

 もうすぐ、親と面会しなければならない。手術が終わった娘に一刻も早く会いたいというのは、当然の親心だし、娘の心もまたそうだろう。だが、この特殊なケースにおいて、娘側の心はそうではない。むしろその逆であった。この忌々しいロボットを見られまいと、布団を掴んで体に被せてはみたものの、布団を掴んでいる緑一色の手が、白い布団を背景にして際立ち、「私は機械です」と声高に主張する。私は、慌ててその手を布団の下に引き入れた。

 とうとう面会の時間になったことが、おもむろに開く病室の扉によって告げられた。私は、この異様な光景を繕った後であったことに安堵した。だが、次の瞬間、二人の顔が一瞬の曇りを見せた。何事だろう。もしや、ロボットの一部が露わになっていたのではと、私はとっさに布団に潜った。

「あら?それで機械の体を隠してるつもり?」

やはりそうだったか。自分のロボット姿を見られてしまったに違いない。

「頭の上にアンテナが出てるわよ」

お母さんの言葉は意外だった。でも、このロボットは遠隔操作型なのだから、アンテナがついていてもおかしくはない。私は盲点を突かれた気がした。と同時に、自分が知らぬ間に晒していた醜態を思い、(昔なら)酷く赤面し(ていたであろう感情を抱い)て頭を抱えた。

「ほら、そうやって失敗すると頭を抱えるところが美里じゃない」

「そうだぞ。美里は美里なんだから、隠れなくたっていいんだぞ」

 この義体から涙は出ない。だけど、嬉し涙を流すくらいの喜びだったことはわかってほしい。この義体で唯一精巧にできた顔が、満面の笑みを表現できたことがせめてもの救いだった。この義体は私ではない。両親に見抜かれた、この中身こそが私なのだ。手術直前に自分は、傍から人間に見えなければ社会的に死んだも同然だ、とか抜かしていたが、今こうやってお父さんとお母さんは自分を一人の人間として扱ってくれている。狭い社会ながらも、確かに生きている。むしろ、勝手に死んだと決めつけて、他人との接触を拒んでいたのは自分の方ではなかったか。第一、これから私の義体ができるまで、コードが繋がった状態でどこに行けるわけでもなく、この義体科だけが私の狭い社会なのだから、私のこの状態を全く見知らぬ人というのは、いないじゃないか。私は、これから数週間やっていける気がしてきた。

2012/12/01

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